2015年4月20日月曜日

人か機械か?!渋谷デビューの凄い奴!

ポコ太です。
アイコンの新しくなったポコ太です!(強調)


前回までの豪華絢爛な重箱企画を終えて、
恥ずかしながら、重箱のスミっこに還ってまいりました。
いや~やっぱりホっとするね、スミっこは(笑)

昨年11月からずーっと小泉洋氏インタビューにかかりっきりだったせいで、
本来の『重箱のスミ!』って、どんなブログだったか忘れかけてましたが、
今回からまた、のんびりしょんぼりやってまいりますので、
皆様、どうぞよろしくお願いいたします。





あ、ひとつ御報告を。

3月21日・22日に行われた横浜アリーナでのコンサート。
ここで演奏された「Here, There & Everywhere」は2日間とも
♫ ~ 涙にくれた出来事 “さ” と歌われておりました。

なんのことか分らない方はこちらのエントリー (小ネタ No.03-3) をお読みください。

まあ、こちらの方が歌いやすいとは思うのですが、
これで歌詞カード準拠になったと思いきや、
先のエントリーにコメントを寄せてくださった adem さんによると、
近年発売された Blu-spec CD の歌詞カードでは “さえ” となっているそうです。

うーむ。出会えない 二人のrelation とはこのことか…。






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というわけで( ← 強引な導入)今年初の「重箱のスミ!」のテーマは、
[幻のデビューライブにおける
      ドラムサウンドの謎に迫る!]





…ほーら、みんな置いてきぼりだ…。





デビューライブ自体が公式記録から抹消されており(注)よく分らないのに、
さらにドラムサウンドがどうこう言われても…
と 困惑される方々 の顔が容易に目に浮かぶ。


ドラムサウンドの謎とは?については、
以前、こちらのエントリー (小ネタ No.01-2) に書いた。
ここに書いた長年のモヤモヤがあっさり解消されたよ!というのが今回のエントリーだ。

詳細については元エントリーを読んでいただきたいが、
ここでは再度、その疑問点を簡単にまとめておく。


 (注)ところが昨年発行された「小室哲哉ぴあ TM編」の "CONCERT HISTORY" には、
    "DEBUT CONCERT” として、しれっと記載されている。
    30年も経って、いまさら公式化されたのだろうか?
    前回チラリと触れたが、その他にもの本には端々に気になる記載がある。
    しかし誤植も非常に多かったため、どこまで真剣に突っ込むべきか迷うところだ。






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まず『TM NETWORK 幻のデビューライブ』とは、次のライブハウス3公演を指す。

1984年6月18日 東京 渋谷 LIVE INN
    7月17日 大阪 梅田バナナホール
    7月31日 東京 渋谷 LIVE INN

今回のテーマはこの3公演中、最初の『6月18日 渋谷 LIVE INN』でのドラムが、
生演奏だったのか?それとも打ち込みだったのか?というものだ。




ライブ直前、リハーサル合宿時点でのインタビューで小室哲哉は
"ドラムを打ち込みでやるため” の仕込みで今、おおわらわだと述べていた。

                ↓

だが少なくとも、7月の 梅田バナナホール公演 は阿部薫による生ドラムだった。

                ↓

結局、打ち込みの話は本番直前に無くなったのかと思いきや、
小室哲哉は、翌85年の平山雄一との対談内でも
『初めてのライブは打ち込みドラムでやった』と話している。
(この "初めてのライブ” というのが「パルコライブ」のことを指しているのか?
 とも疑ったのだが、前後の文脈からすると、
 やはり84年6月のデビューライブを指しているようだ)

                ↓

ではやはり、6月の渋谷 LIVE INN だけは打ち込みのドラムだったのか?

                ↓

だがしかし木根尚登はその著書にて、この渋谷公演は 高杉登 が叩いていたと書いている。

                ↓

            訳☆ワカメ☆



というわけである。







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【お詫び】今回のエントリーは画像が重要な資料なのにもかかわらず、
     我が家のスキャナーが息を引き取られた為、
     一部、本などを直接カメラ撮影した画像となります。
     そのため見辛い画像もございますが、ご了承ください。



まず本題に入る前に、こちらの写真を見ていただこう。

これは木根尚登の著書「真・電気じかけの預言者たち -眺望篇-」に掲載された
デビューライブの写真である。(黄色の[A][B][C]はポコ太が付けました)

































今回の主題であるドラムとは関係がないが、
このデビューライブ、意外と様々な資料が残されているようだ。

例えばであるが、この写真中 [A]と[B][C]はそれぞれ 別の日付の公演 である。
ご覧の通り小室哲哉の髪型、服装が全然違う。

キャプションには『どこの公演かは不明』とあるが、
他の資料と突合した結果、[A]に関しては 6月18日の渋谷 LIVE INN で間違いない。
























      (6月の渋谷 LIVE INN では小室哲哉の髪型が大惨事となっている)





また別の観点からみても、[C]は7月の2公演のどちらかに間違いない。
この『別の観点』というのが今回の主題である。


このように、複数の公演で記録が行われ、
さらに6月の渋谷 LIVE INN にはビデオカメラも入っていたようで、
『デビューライブ』としての気合い が伝わってくる。

つまり現在でも様々な資料が埋もれている可能性があるわけだ。
ワンパターンになるので、
これ以上は言わないが…。








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さて本題だ。


前回までの小泉洋氏インタビューを行った際、
当然、このライブの詳細についてもお聞きしたのだが、
残念ながら氏の記憶は定かでなく、具体的なヒントは得られなかった。

ただ、3公演の内容(機材やシステム)が同じではなかったのではないか?
というポコ太の仮説に対しては、
「パルコライブまではライブをやるたびに試行錯誤を繰り返しており、
 同じではなかった可能性は十分にある」
と話していただいた。



その後はインタビュー記事の作成に追われ、この件については忘れていたのだが、
ところがこのインタビュー、別の意味で大きなヒントが得られたのだ。






          それは 言葉の定義付け である。






ちょっと、おさらいしてみよう。

例えば小泉洋氏インタビューを行うまでは、
「コンピューターを使ったライブは世界初かも」という、
当時の小室発言は何を言っているのか、よく分からなかった。


1984年の時点で「コンピューターを使ったライブ」はとっくに一般化していたからだ。


しかし、当時のインタビュー等に出てくる『コンピューター』という単語には、
『音楽専用コンピューター』(シーケンサー)と、
『一般的なパソコン』が混在している
ということに気付くと、一気に理解が進む。


1984年の時点で一般化していたのは
音楽専用コンピューター(シーケンサー)を使ったライブであり、
小室哲哉の言う「コンピューター」というのは「パソコン」を指していた。

つまりその発言の本意は「パソコンを使ったライブは世界初かも」ということだったのだ。
そうであれば実際に世界初だったかは分らないが、かなり早かったのは間違いない。




この経験から、今回の主題である『ドラム』あるいは『ドラマー』という言葉についても、
そもそもそれが何を指しているのか?
という部分に立ち返って、考えてみようと思ったのだ。








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一般に『ドラム』と聞いて浮かぶイメージはこんな感じだろう。

































              …いや、これはこれで特殊か…。
                   やりなおし。








一般に『ドラム』と聞いて浮かぶイメージはこんな感じだろう。































ところがだ。
ちょうどこのデビューライブが行われた頃のTV出演、あるいは「1974」のPVを見てみよう。































































お分かりだろうか?
そう、立ってプレイするスタイル なのだ!







上の画像では、どちらもカラオケ演奏だったが、
実際のライブでもこのようなスタイルで行われたという仮説は成り立つだろう。

現代からすると珍妙にも見えるが、1980年代初頭においては
最先端のスタイル演出として、わりと洋楽のPVやライブなどで見られた。























                Howard Jones のライブ























                  YMOの散開ライブ

  (なお、後ろのドラマー David Palmer は、TM作品「CAROL」への参加も有名だが、
   90年代からは長年に渡り、宇都宮隆のフェイバリット・アーティスト Rod Stewart の
   アルバム、及びツアーに参加。コンポーザーとしてもクレジットされている)









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と、ここまでたどり着いた2日後、
インタビュー記事の補足資料として今更ながらに購入した
2012年夏のキーボードマガジンが届いた。

この号には非常に小さいながら、デビューライブの写真が掲載されている。
その中の1枚を見た瞬間、仮説は確信へと変わった。

それがこの写真である。








元が非常に小さいうえ、暗くて潰れている部分もあるので判りにくいかもしれない。
ただそれが 通常のドラムセットではない ことは判るだろう。

大幅に機材が増強されているものの、
これは「1974」のビデオクリップなどに見られた、
立ってプレイするタイプのセットに見える。



ただ、足元にバスドラムのように見える物も写っていて、
これだけでその日のプレイスタイルを断定するには心許ないのも事実だ。


そこで一旦、インタビュー記事の作成から離れ、
知るかぎりの全てのデビューライブの写真を見つめ直すこととした。
(こんなことしてるからインタビュー記事が
   遅々として進まなかったのだ)







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その結果、ついに 決定的な写真 を見つけた。
これはTMN終了時のデーター本「TMN FINAL 4001」 に掲載された写真である。





















はっきりとしない写真であるが、後列の2人に注目していただきたい。

左側(水色の矢印)は小泉洋であり、右側(緑の矢印)がドラムセットの位置である。
そこにいる人物のシルエットに注目してみよう。

通常のドラムキットに座っていれば、
このような頭の高さ、および姿勢にはならない
つまり 立ってプレイしているのは間違いない。



謎は完全に解けた。







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まとめよう。


1984年6月18日 渋谷 LIVE INN でのドラムは、
打ち込みと生演奏の混合 だった。

具体的に言えば、バスドラムやハイハット(ひょっとするとスネアも?)など、
基本のパターンは打ち込み(パソコン)で流し、
その上に上記写真のようなセットを使って人間がおかず(装飾的なフレーズ)を入れる
というスタイルだったと思われる。

また、ティンバレスもセッティングされているように見えるので、
曲によってはパーカッションがメインだったのだろう。
(その場合、ドラムの打ち込み度はさらに高くなる)



これなら最初の小室哲哉、木根尚登の発言とも矛盾しない。



しかし何らかの理由で望み通りの成果が得られず(注)
7月の公演では通常のドラムセットを組み、
ドラマーが全て生演奏するというスタイルに変更したのだろう。

  (注)当時の雑誌に掲載されたライブレポートでも、
     本番中なにがしかのトラブルが起こった事がほのめかされていた。



たった2カ所、3公演なのに
ドラマーが毎回違うのも、この急なシステムの変更が理由と考えられる。



ひょっとすると、1回目の 渋谷 LIVE INN と 梅田バナナホール の間が
1ヶ月も空いているのも、当初のスケジュール通りではなかったのかもしれない。

となると、7月31日の 渋谷 LIVE INN については
当時のチラシでは『追加公演』ということになっているが、
リベンジ公演という側面もあったのだろうか…。








また、これによって6月の公演と7月の2公演では、
出音から受ける印象も、
かなり異なったのは想像に難くない。


さらに、よくコメントをいただく GAUZE さんから教えていただいたのだが、
曲順も一部変更があった可能性があり、
この3公演を「デビューライブ」の名の下に一括りにしてしまうと、
見えなくなってしまう部分もあるようだ。







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さてドラムの件が一段落ついたところで、最初の写真をもう一度見てみよう。
























舞台中央に通常のドラムセットがセッティングされているのがはっきりわかる。
当然、ドラマーも座って叩いている。
この時点で6月の 渋谷 LIVE-INN とは違うことがわかるだろう。



では7月の公演なのは間違いないとして、
梅田バナナホール公演だろうか? 2度目の 渋谷 LIVE-INN 公演だろうか?

ポコ太としては
・ドラムのセッティングされた台の高さ
・天井に吊られた照明の高さ
などが特徴的だと感じ、様々なアーティストの同所公演資料と見比べたのだが、
残念ながら現時点では断定出来なかった。








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ここからは 6月公演と7月公演の違い を、
ドラム以外の観点から、現時点で分ることをまとめておく。


冒頭では多くの写真が出回っていると書いたが、
にもかかわらず検証が困難な理由は次の2点だ。

・人物のアップが大半で、ステージ全体をとらえたものが少ない
 (あっても真っ暗な状態が多い)
・ライブ後半の写真に偏っている。(宇都宮隆の衣装で判断)







まず 宇都宮隆の衣装 であるが、前提として、
デビュー間もないこの時期のライブハウスツアーレベルで、
ワンステージに何度も衣装替えをしたとは考えにくい
せいぜい前半に羽織っていたジャケットを、後半脱ぐ位だと思われる。


その上で次の2枚を見てみよう。
6月の 渋谷 LIVE-INN では写真右側の様に青いジャケットを羽織っている
これは「1974」のPV(下の画像)で着ているものと同じようだ。

ポイントは袖口から白いシャツが見えていること。
つまりこのジャケットを脱ぐと、左側の袖のある白いシャツが現れる。

















































次にこちらの写真。

7月のライブでは黒い(ように見える)ジャケットを着ている。
この衣装は先の「電気じかけの預言者」掲載写真[B][C]と同じであり、
他にも何種類か目にすることが出来るが、
どれも袖口からシャツが見えない。
よってこのジャケットを脱いだ場合は、右側のノースリーブシャツが現れると思われる。



















     (いくら中がノースリーブとはいえ、
      この季節にこんなジャケットを羽織って暑くなかったのだろうか?)











次は肝心の音に関して。

ドラムと並んで、もう一つポイントになりそうなのが
アコースティックピアノだ。

公式には TM NETWORK のライブでアコースティックピアノが使用されたのは、
1987年の「Kiss Japan Tour」が最初ということになっている。

(追記訂正:2015年4月21日)
よく考えたら同年6月の武道館公演が最初でした。

しかし先のキーボードマガジンによると、6月の 渋谷 LIVE-INN では
小泉ブースの奥にアコースティックピアノが設置してあり、
小室哲哉がこれを弾いたとの記述がある。

しかし当時の TM NETWORK の規模で、
アコースティックピアノを持ち運んだとは考えづらく、
これは会場備え付けのものだった可能性が高い。


となると梅田バナナハウスでは使用出来なかったと思われ、
これも聴いた印象はかなり違ったはずである。









最後にもう一つ注目すべきがこの写真だ。
小室ブースの後ろ(写真左端)に小泉ブースがセッティングされているように見える。
























これは6月の 渋谷 LIVE-INN とは上下(かみしも)が逆で、またもし仮に最初にあげた
「電気じかけの預言者」掲載写真の下手側にあるのが小泉ブースだとすると、
それとも逆になる。
(その場合、3公演すべての写真が世に出回っていることになる)

これは公演違いを見分ける大きなヒントとなるはずだが、
いかんせん比較する他の写真が無いため、今の段階ではここ止まりだ。

ただ、今後新しい資料が出て来た場合の足がかりにはなると思う。








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いかがでしたでしょうか?

すっかりご無沙汰で手探り状態の執筆でしたが、
『 TM NETWORK の重箱のスミ!』って
 こんな感じでよかったでしょうか?
         ( ↑ まさかの問いかけ)


とにかく30周年をもってしても表に出てこなかったデビューライブの細部が、
ほんの少しですが垣間見えたエントリーでした。





さて次回ですが、ブランクの空いた間に溜まった小ネタの放出となる予定です。
おたのしみに!



んじゃ、また。










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あ、そうそう。

今回のエントリータイトル。分る人には光の速さでバレてるでしょうが、
 ↓ こいつの第1話サブタイトル「人か獣か?!密林から来た凄い奴!」をもじっています。















だかしかし!単なる趣味に走ったわけではない!!

これは 仮面ライダーアマゾン = 1974年 = TM NETWORK
という、練りに練った含蓄のあるエントリータイトルだったのだ!

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 まあ、嘘なんですが…。
    単なる偶然なんですが…。

ただ、自分がアマゾンに興奮していた時代を思い起こすと、
1974年て、むちゃくちゃ昔ですな。



…まあ、今でも興奮してるんですが…。