ミツカワです。
さて今回も、このBlogは「TM NETWORK の重箱のスミ!」ではありません。
です!
いつもとは体裁が異なりますことを御了承下さい。
昨年末より3回に渡って御送りしてきた
TM NETWORK 30周年記念・特別企画【小泉洋氏インタビュー】
いよいよ今回でひとまずの区切りとさせていただきます。
こちらの冒頭にある『読者の方へのお願い』は
重要な注意事項を含みますので、必ず目を通してください
またここまでのエントリーを読まれていない方は、
より理解を深める為、是非そちらから御覧ください。
・【重大告知】1984年 TM デビュー! ん?そのピコピコはどこから来たの??
・祝!30th【小泉洋氏インタビュー / その1】☆ 1974 〜 Sixteen あの頃の気持ち
・祝!30th【小泉洋氏インタビュー / その1】- あとがきと補足
・祝!30th【小泉洋氏インタビュー / その1】☆ 1974 〜 Sixteen あの頃の気持ち
・祝!30th【小泉洋氏インタビュー / その1】- あとがきと補足
なお今回の「Dragon The Festival Tour」に関する項目については、
こちらのエントリーを先に御覧いただくと、
より(胃の痛くなるような)臨場感を味わうことが出来ます。
ぜひ、合わせてお読み下さい。
こちらのエントリーを先に御覧いただくと、
より(胃の痛くなるような)臨場感を味わうことが出来ます。
ぜひ、合わせてお読み下さい。
では、大変お待たせいたしました。
本邦初!【小泉洋氏インタビュー】第3回スタートです。
(文中の注釈はミツカワが付け加えたものです)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ さてセカンドアルバムの話をうかがう前に、ひとつお聞かせください。
この時期、小泉さんのクレジットには「C-Dragon Project」とありますが、これは?
◯ ああ、それは俺と小室とでやってたユニットみたいなもん。
◯ ああ、それは俺と小室とでやってたユニットみたいなもん。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ え?これ小泉さん個人のものではなかったんですか!
◯ そうだよ。あの頃だと哲っちゃんも TM じゃ稼げないわけでさ、言葉は悪いけど
日銭を稼ぐというか。そこで俺と哲っちゃんとでCMとかアニメの仕事をやってたのが
「C-Dragon Project」なわけ。アニメってあれだよ、主題歌とかじゃなくって、
画面に合わせてジュワーンとかそういうのね。
日銭を稼ぐというか。そこで俺と哲っちゃんとでCMとかアニメの仕事をやってたのが
「C-Dragon Project」なわけ。アニメってあれだよ、主題歌とかじゃなくって、
画面に合わせてジュワーンとかそういうのね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ へー。なんで "C-Dragon" なんですか?
◯ 哲っちゃん、ドラゴン好きだからさあ(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(大笑い)
◯ ほら当時、シードラゴンって流行ってたじゃん。あれから採ったはず。
ただそれだと普通は「C」じゃなくて「Sea」だけど、
あの頃コップに入れてプカプカさせるおもちゃあったじゃん?
あの形(アルファベットのC)から採って C-Dragon だったはず。
あの頃コップに入れてプカプカさせるおもちゃあったじゃん?
あの形(アルファベットのC)から採って C-Dragon だったはず。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ なんだか、えらく単純な話だったんですね(笑)
(上段「CHILDHOOD'S END」・ 下段「Twinkle Night」より)
♫ CHILDHOOD'S END 〜音に込めた色艶〜
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ではセカンドアルバム「CHILDHOOD'S END」の話をお聞かせください。
◯ セカンドは一番、俺の色が出ているアルバムだね。
このあたりが一番、俺の影響がある時期じゃないかな?
このあたりが一番、俺の影響がある時期じゃないかな?
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ あ、そうなんですか?!素人目にはファースト(アルバム)の方がピコピコしてて、
小泉さんの手がける範囲が広いように思ってましたが。
小泉さんの手がける範囲が広いように思ってましたが。
◯ ファーストは実験というか、テクノロジーへの挑戦がメインだったような気がする。
毎日毎日、あんなことは出来るか?こんなことは出来ないか?って。
それはうまくいけば宣伝にも使えるしね。
毎日毎日、あんなことは出来るか?こんなことは出来ないか?って。
それはうまくいけば宣伝にも使えるしね。
だからファーストは革新的っていう意味では価値が高いと思っている。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ はい。
◯ だけど一応それはファーストで消化された形で、セカンドを作るってなったときに、
俺なりの思いがあって、1ヶ月ほど一人でヨーロッパ旅行に出かけたんだよ。
俺なりの思いがあって、1ヶ月ほど一人でヨーロッパ旅行に出かけたんだよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ …と言いますと?
◯ 1年目は技術的なこともそうだし、プロとしての足場をつくるという点においても、
とにかく小室も俺もがむしゃらに突っ走っていたわけだ。
だけどどうやらセカンドを作れる、作らせてもらえるという周りの状況が見えて来た時に、
その気持ちの余裕が、当たり前のことなんだけど『いい音楽を作りたい』って方に
向かったんだよね。
とにかく小室も俺もがむしゃらに突っ走っていたわけだ。
だけどどうやらセカンドを作れる、作らせてもらえるという周りの状況が見えて来た時に、
その気持ちの余裕が、当たり前のことなんだけど『いい音楽を作りたい』って方に
向かったんだよね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ なるほど。
◯ それで俺も当時は若いしバカだからさ(笑)『シンセの限界を試したい』なんて
カッコいいこと考えて、まずは本場のバイオリンとか
いろんな生の楽器の音に触れてこようと思ってヨーロッパ行ってきたの!
カッコいいこと考えて、まずは本場のバイオリンとか
いろんな生の楽器の音に触れてこようと思ってヨーロッパ行ってきたの!
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ あ、単なるバカンスじゃなかったんですね?!
◯ で、帰ってきて哲っちゃんと話して、もう任せろ!みたいな。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ へー。よく『TMは3枚目で路線変更をした』と言われてますが、
ファーストとセカンドでもかなり違いますよね?肌触りというか…。
ファーストとセカンドでもかなり違いますよね?肌触りというか…。
◯ ファーストがテクニカルな挑戦という側面があったのに対して、
セカンドは "音楽的” だよね。ハートフルというか。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ファーストでは「1974」のピコピコに代表される、
これ見よがしのテクノロジーのようなものが、セカンドでは姿を消していますよね。
これ見よがしのテクノロジーのようなものが、セカンドでは姿を消していますよね。
◯ 相変わらず革新的なことはいっぱいやってるんだけどね。
馴染んでいるというか、より音楽的というか。
馴染んでいるというか、より音楽的というか。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ああ、そうですね。
◯ セカンドで俺がとことんこだわったのが “色気” だったんだよ。
生楽器のもつ色気というか…わかるよね?
生楽器のもつ色気というか…わかるよね?
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ なまめかしい感じ、ですよね。
◯ そうそう、そういう艶っぽさみたいなものを重視したんだよね。
変な表現だけど "シンセでできた生楽器" というか。
変な表現だけど "シンセでできた生楽器" というか。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ なるほど。
◯ むこうでバイオリンなんか聴いてみて「うわーこんなにピッチが波打ってるんだ」
とか分って、シンセもあえてピッチをずらすようになったり、ハイハットも微妙にずらして
人間味をだしたり。TM じゃない別の現場では、やってる途中ディレクターに
「大丈夫?そんなことやって」とか「ちゃんとやってよ」とか言われたこともあったよ。
でも出来上がったもの聴かせたらみんな納得して。
とか分って、シンセもあえてピッチをずらすようになったり、ハイハットも微妙にずらして
人間味をだしたり。TM じゃない別の現場では、やってる途中ディレクターに
「大丈夫?そんなことやって」とか「ちゃんとやってよ」とか言われたこともあったよ。
でも出来上がったもの聴かせたらみんな納得して。
結局その「色気のある音」っていうのが、その後の俺の武器になっていくんだよね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 個人的な話で恐縮ですが、僕は TM のアルバムでこの「CHILDHOOD'S END」が
一番好きなんです。だけど、じゃあどの曲が好きなの?と問われても答えられない。
ただただ全体を包む空気感のようなものが好きだったんですが、 たしかに
ファーストと比べても “色気” や “艶” という意味では、セカンドは圧倒的ですね。
一番好きなんです。だけど、じゃあどの曲が好きなの?と問われても答えられない。
ただただ全体を包む空気感のようなものが好きだったんですが、 たしかに
ファーストと比べても “色気” や “艶” という意味では、セカンドは圧倒的ですね。
◯ 圧倒的だよね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ さて、セカンド制作時のインタビューで小室さん、木根さん共に、
「曲が足りない、曲が書けない」とおっしゃってたんですよ。
結局、昔作った曲を引っぱり出してきたとか。
「曲が足りない、曲が書けない」とおっしゃってたんですよ。
結局、昔作った曲を引っぱり出してきたとか。
◯ うーん、日常的に哲っちゃんと俺とでジュンアンドケイのスタジオ借りて
デモは作ってたはずだけどね。小室から「こんなの作ったんだけど、どう?」って、
いろいろ渡されたこともあったし、30曲くらい入ったデモテープ持ってたのも憶えてるし。
デモは作ってたはずだけどね。小室から「こんなの作ったんだけど、どう?」って、
いろいろ渡されたこともあったし、30曲くらい入ったデモテープ持ってたのも憶えてるし。
…うーん、その辺の事情はよくわからないな。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ その反面、ライブでは「17 to 19」など、
新曲をどんどん作って演奏していたわけですが、
新曲をどんどん作って演奏していたわけですが、
このライブ曲をセカンドに入れるという話はなかったんですか?
◯ うーん、どうだったかなあ、ちょっとそこらへんは憶えてないなあ…。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ そうですか。でも贅沢ですよね、
ライブ用に何曲も作りながらレコーディングしないって。
ライブ用に何曲も作りながらレコーディングしないって。
◯ うん…いや、責められても困るんだけど…。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ …いやいや責めてません!責めてませんって!『贅沢だ』って言ってるんですよ(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ そういえば「ELECTRIC PROPHET」は当初、セカンドの柱になる予定だったのが、
曲が長過ぎることや、アルバム・コンセプトの変更から没になったそうですが、
レコーディング自体はしたと小室さんがおっしゃっていたんですが…。
レコーディング自体はしたと小室さんがおっしゃっていたんですが…。
◯ それもよく憶えてないけど、デモをレコーディングしたってことじゃないかな?
その時点で長いって判断も出来るし。でも後で『どうしても作品として世に出したい』と
いうことになって、じゃあミニアルバムでってなったんだと思うよ。
その時点で長いって判断も出来るし。でも後で『どうしても作品として世に出したい』と
いうことになって、じゃあミニアルバムでってなったんだと思うよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ では話が前後しますが、本番(ミニアルバム「TWINKLE NIGHT」)の方は?
◯ 「ELECTRIC PROPHET」はかなり頑張った記憶がある…シンセとか、
…シンセ頑張ってるよね?あれ。
…シンセ頑張ってるよね?あれ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ええ、頑張ってます。頑張ってますよ!
♫ 愛をそのままに ~音色もそのままに~
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ さて小泉さんにお話を伺う以上、この曲は避けて通れないんですが、
アルバムの最後に収録されている「愛をそのままに」という
木根さんの曲がありましたよね。
木根さんの曲がありましたよね。
◯ ん?
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ イントロの音色で、木根さんがモグワイの…
◯ ああ、あれね!俺はあれでいいって言ったのに、木根は最後になって
ヤダヤダってごねたの。怖い怖い怖い!って。
ヤダヤダってごねたの。怖い怖い怖い!って。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ちなみに小泉さんは別にモグワイの声を意識して作られたわけではないんですよね?
◯ うん、ないよ別に。あの音は初めから自分の中にイメージとしてあって、
あれは PPG(前エントリー参照)で作ったんだけど、俺としては凄く素晴らしい音だと
思ってんだけど、木根は怖いって言うのよ。…まあ「グレムリン」流行ってたしねえ(苦笑)
あれは PPG(前エントリー参照)で作ったんだけど、俺としては凄く素晴らしい音だと
思ってんだけど、木根は怖いって言うのよ。…まあ「グレムリン」流行ってたしねえ(苦笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ちなみにこの曲に限らず、木根さんが自分の曲に対して、
こうして欲しいってありました?
こうして欲しいってありました?
◯ 無かった。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(笑)
◯ たぶんブツクサ言ってても、小室と俺とで黙殺?(笑)
で、哲っちゃんが「木根!小泉がこう言ってんだからいいじゃん!」て。
で、哲っちゃんが「木根!小泉がこう言ってんだからいいじゃん!」て。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ それ、悪者にされてません?(笑)
◯ まあ、今なら『木根がそうしたいんだったら、そうしたらどう?』って言うんだろうけど、
当時は俺も若かったから『いいじゃん、こっちの方が!』で終わりっ!(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 実は僕、この曲中に当時から大好きだった音がありまして…これなんですけど。
(0:44~0:47にかけてセンターで鳴る下降音)しかもこれよく聴くと、
まるで実音より先に、エコーの方が先行して左側で鳴っているように聴こえますね。
まるで実音より先に、エコーの方が先行して左側で鳴っているように聴こえますね。
◯ まあ、この時はいろんなことやってたよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ それはシンセ単体ではなく、エフェクターから部屋鳴りから含めてということですね。
◯ そうだね。もうやりたくないね(笑)
よくあんな面倒くさいこといろいろ考えてさあ…、極限だったと思うよ。
よくあんな面倒くさいこといろいろ考えてさあ…、極限だったと思うよ。
♫ FAIRE LA VISE ~受け継がれるロマンス~
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 前年、ちょうど「1974」がシングルカットされた日に、
大江千里の「ロマンス」という曲が発売されて、これにも関わられてますよね。
◯ あ、それやったなあ。大江の千ちゃんはウチの多摩の実家にも何度か遊びに来てたよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ そうなんですか。で、その「ロマンス」のイントロで…なんて言ったらいいんだろう…
こうブリキをダダダダッと叩いた様な…
こうブリキをダダダダッと叩いた様な…
◯ ああ、やったやった!あれはカーンと鳴らした音をピッチチェンジャーを使って半音だかに
下げた音出して、それをディレイに突っ込んだんだよ。で、それをまたピッチチェンジャーに
返してやると、どんどんどんどん無限に下がっていくじゃない?
下げた音出して、それをディレイに突っ込んだんだよ。で、それをまたピッチチェンジャーに
返してやると、どんどんどんどん無限に下がっていくじゃない?
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ああ、じゃあ元になる実音は最初の "カーン" だけなんですね。
◯ そうだね。それを過剰にループしないようフィードバックの量を巧い具合に調整してやると
ああいう音になるんだよ。
ああいう音になるんだよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯「FAIRE LA VISE」のイントロ(0:07~0:10)でも似た様な音がしますね。
こちらの方がずっとクリアで洗練されてますが。
こちらの方がずっとクリアで洗練されてますが。
◯ ああ、あれもそう。もう当時は思いついたらやってたからねえ(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ これって一発ネタというか、これだけのためのものですよね?
この一発ネタのためだけに…
この一発ネタのためだけに…
◯ そうそう、それしか使えない(笑)もうこの頃はいろんなこと考えて、
ああやったらどうだろう?こうやったらどうなるんだろう?ってやってたよ。
ああやったらどうだろう?こうやったらどうなるんだろう?ってやってたよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ そりゃ、時間かかりますよね…そんなことしてたら…。
◯ う~ん、そうだね~。よくやってたねえ~(笑)
(注)小室氏は、翌年「GORILLA」発売時のインタビューで、
「I WANT TV」~「Come On Let's Dance」間のSEについて、
この音を ”真似てみた” とコメントしている。
「I WANT TV」~「Come On Let's Dance」間のSEについて、
この音を ”真似てみた” とコメントしている。
♫ 永遠のパスポート 〜逢う度に見つけたい〜
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 僕、PARCOライブでの「1974」などのBass音が大好きなんですが、
この曲のBass音も同じ系統ですよね。この "音色とフレーズのハマり具合" というか
相乗効果を聴くだけでも、失礼ですが先程(前エントリー)おっしゃた
『デビューから1年間での成長』というのが伝わってきます。
この曲のBass音も同じ系統ですよね。この "音色とフレーズのハマり具合" というか
相乗効果を聴くだけでも、失礼ですが先程(前エントリー)おっしゃた
『デビューから1年間での成長』というのが伝わってきます。
◯ うん。俺、Bass に関してはその後の仕事でも定評があったのよ。ふくよかな音でありつつ、
歌い手さんそれぞれの声質を邪魔しないように倍音をコントロールしたりとかね。
倍音男って呼ばれてたもん(笑)
歌い手さんそれぞれの声質を邪魔しないように倍音をコントロールしたりとかね。
倍音男って呼ばれてたもん(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ば、倍音男(笑)
◯ 膨らみのある暖かい音が好きだったから、SynthBass に関しては DX7 は使わなかった。
DX7 使うと芯は出やすいんだけど、無機質になるような気がしてね。
たしかあの頃は、Oscar のデジタルの部分と OB-8 を混ぜるのが多かったかな。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ Oscar!うわー懐かしい…。
Oxford Synthesizer Company【Oscar】
ぶっとい音に定評のあった、アナログ・デジタル Hybridの名器。
日本には限られた数しか入ってこなかったそう。
名器でありながらボディーの各部がゴム製という "変なシンセ" でもありました。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 一昨年の話になるんですが、小室さんがTwitterで、
『今まで作った音色で一番好きな音色はどれですか?』と尋ねられて、
自分一人で作ったわけではない、と断ったうえで、
「永遠のパスポート」間奏のソロ音色をあげていらっしゃったんですが…。
◯ ん?どんなのだっけ?
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ (ミツカワ持参のスマホ用スピーカーを付けたiPodで試聴)
◯ (しみじみと)お、懐かしいなあ。あ、この部分は DX7 だ(一緒に鼻歌を歌う)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ (早送りして1番の終わりへ)ここからですね。
◯ あ、これか~!Oberheim(OB-8)だな。
……でも『良い』ってほどの音色でもないじゃんねえ?
……でも『良い』ってほどの音色でもないじゃんねえ?
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ いやいや、作った御本人を目の前にして
「そうですね」なんて言えるわけないじゃないですか!
「そうですね」なんて言えるわけないじゃないですか!
……でも、……ですよねえ?他に凝った音色はいくらでもあるのに…と思ったんです。
◯ ちゃんとスタジオのでっかいモニターで鳴らすと凝ったことしてるのかな?
でも今聴いてるかぎりじゃ、普通のフレンチホルンの音を OB-8 で作っただけというか…。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ なので音色そのものというより、その時のシチュエーションだとか、
何か他の理由があるのかな?と考えたんですが。
◯ うーん、どうだろうなあ。そこは俺にはわからないな。
◯ たださ、音楽ってつまるところ “感動” じゃない?
理想論としては、音色があってフレーズがあって、
それを弾いたときに、鳥肌が立ちたいというか…。
それはいつも思っているから、なにかしらのタイミングで
なにかとリンクすると、自分の中で貴重な “響き” になるかもね。
それを弾いたときに、鳥肌が立ちたいというか…。
それはいつも思っているから、なにかしらのタイミングで
なにかとリンクすると、自分の中で貴重な “響き” になるかもね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ なるほど。
だから俺がこだわってた "音の色気" っていうのもそこなんだよね。
♫ Dragon The Festival ~Come on Dragon the Festival!~
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ この年の秋には、いよいよ TM NETWORK 初めての本格ツアー
「Dragon The Festival Tour」がスタートしましたね。
「Dragon The Festival Tour」がスタートしましたね。
◯ この時はもう、始まる前から極限だったよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ なんとなく予測がついて、聞くのが怖いんですが(笑)どういうことでしょう?
◯ 舞台監督にしろ誰にしろ(パソコンを使ったライブなんて)初めてのことで、
何もわかんないんだよ。そうなると俺に聞いてくるしかないじゃん?
何もわかんないんだよ。そうなると俺に聞いてくるしかないじゃん?
哲っちゃんにしたってパソコンに詳しいわけじゃないから、話してても
「ごめん洋ちゃんさぁ、それ出来るかどうか舞台監督と相談してみてくんない?」てなるし。
「ごめん洋ちゃんさぁ、それ出来るかどうか舞台監督と相談してみてくんない?」てなるし。
(パソコンの)設置場所を何処にするのか?とか、振動はどうだ?電圧は?とか…。
いろんなこと想定して照明だろうが舞台装置だろうが、どの打ち合せにも
俺は出なくちゃいけない。他のメンバーみたいに、自分に関わるところだけじゃないから。
いろんなこと想定して照明だろうが舞台装置だろうが、どの打ち合せにも
俺は出なくちゃいけない。他のメンバーみたいに、自分に関わるところだけじゃないから。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ うわー…。
◯ そのうえ当然、メンバーとの音に関する打ち合せもあるし、
他にもワタルちゃん(ドラム担当の山田亘氏)との同期演奏に関する連携の打ち合せ…、
なんてことやってるうちに結局、全部に首つっこむハメになっちゃってさ。
ほんと寝る暇が無いっていう。
他にもワタルちゃん(ドラム担当の山田亘氏)との同期演奏に関する連携の打ち合せ…、
なんてことやってるうちに結局、全部に首つっこむハメになっちゃってさ。
ほんと寝る暇が無いっていう。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 当時のメンバー間でも『小泉=いつも寝てない』って認識だったようですね。
1985年10月17日 広島公演楽屋にて
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ではツアーがスタートしてからの話ですが、この時のことについては僭越ながら、
この重箱Blogでも書かせていただきました。
◯ 読ませてもらってさあ、ほんと嬉しかったよ。
『ああこいつ、俺の苦労わかってくれてるな』って。
『ああこいつ、俺の苦労わかってくれてるな』って。
◯ だってあれ、普通の人が受けるプレッシャーじゃないよ!
ばーって何百人もいる観客の前で『全てはあなたのそのパソコン次第ですよ』って。
今の(現代の)じゃなくて、当時のパソコンだからね!
なのに、エラーはだめ、もちろんフリーズもだめですよって、
正直『いや、そんなの俺に言われても』って言いたくもなるよ(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ うわー、聞いてるこっちまでドキドキしてきたー。
◯ 照明のせいでMIDI周りが飛んじゃうとかさ、何が起こるかわかんない状況で、
そんなのプロもクソもない。いかんともし難い。…でも何かトラブルが起こったら、
事情の分らない人から見たら『小泉さんのパソコンが止まっちゃったみたいよ』ってなるし
『え、俺? 俺のせい?』てさ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(笑)
そんなのプロもクソもない。いかんともし難い。…でも何かトラブルが起こったら、
事情の分らない人から見たら『小泉さんのパソコンが止まっちゃったみたいよ』ってなるし
『え、俺? 俺のせい?』てさ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(笑)
いや、電気周りは俺のせいじゃねーよ!東京電力に言ってくれよって!!(大笑い)
その後はMIDIも含め、どんどん進歩して安定していったけどさ、当時はねえ…。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ちょうどあの80年代初期から中期って加速度的にテクノロジーが進歩して、
先月出来なかったことが今月には出来るようになってる、みたいなことが
連続して起こってましたよね。それだけに今となっては当時の苦労って
なかなか伝えづらい。聞かされる方も、理屈は分っても体感しづらいでしょうね。
連続して起こってましたよね。それだけに今となっては当時の苦労って
なかなか伝えづらい。聞かされる方も、理屈は分っても体感しづらいでしょうね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ちなみに一番緊張する瞬間ってどの辺でした?
◯ 暗転になってプレイボタン押す瞬間。タイミングひとつとってもコンサート全体の流れに
かかってくるわけで「今かな?まだかな?…よし、今だっ!」てボタン押しても
『えええ!動かない?!』とかね。まあ幸い、実際にはそんなこと起こらなかったけど…。
でもやっぱりキツいよ、あれは。
かかってくるわけで「今かな?まだかな?…よし、今だっ!」てボタン押しても
『えええ!動かない?!』とかね。まあ幸い、実際にはそんなこと起こらなかったけど…。
でもやっぱりキツいよ、あれは。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ああ、そうか。トラブル以前に "何も起こらない" って可能性もあったわけですね!
◯ うん、怖いけどね。最後は神頼みだよね。
◯ そういう意味じゃ何度か会ったけど松武さん(注)なんか尊敬するよね。
あの時代、すぐにピッチは狂うは、データーをカセットテープからロードしたりとか。
あの時代、すぐにピッチは狂うは、データーをカセットテープからロードしたりとか。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ それはもう、ミュージシャンとしての尊敬じゃないですよね(笑)
◯ そうそう、『同じ胃が痛い思いをしましたよね、先輩!』ていう(笑)
(注)4人目のYMOと呼ばれたプログラマー・松武秀樹氏。
TM NETWORK「GORILLA」にも参加している。
TM NETWORK「GORILLA」にも参加している。
TM NETWORK における元祖 "要塞” 小泉ブース 1985年10月1日 札幌公演より
◯ でも本当に冷や汗かいたトラブルは一回だけだったよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ それはどういった?
◯ データーが飛んじゃったんだね。演奏中に。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ あ!曲の途中で?!
◯ そう!でも…やっぱり若かったんだね(笑)前もってワタルちゃんに
『何かあっても16小節以内に俺が合わせて復帰させてみせる!』って言ってあったの。
『何かあっても16小節以内に俺が合わせて復帰させてみせる!』って言ってあったの。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ で、それが実際に起こったと。
◯ 突然、曲の途中で同期が止まっちゃって生演奏だけになって。急にクリックが止まったから
ワタルちゃんも『何かが起きてる…何かが起きてる…』って思いながらドラムを叩いてて。
ワタルちゃんも『何かが起きてる…何かが起きてる…』って思いながらドラムを叩いてて。
でもそこでワタルちゃんと目を合わせてて、2番の頭からぴったりポン出しで乗り切ったの。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ へー。
◯ つまり、データーを再度読み込んで、2番の頭まで移動させて
ワタルちゃんのドラムに合わせてマニュアル・スタート!
ワタルちゃんのドラムに合わせてマニュアル・スタート!
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ それはもうコンピューターの生演奏ですね!
◯ あとでワタルちゃんと2人で盛り上がったね。
『凄かったねー、目配せで分った?』『分ったよ!』って。
『凄かったねー、目配せで分った?』『分ったよ!』って。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ そういえば当時のドラマーだとヘッドフォン(でクリックを聞きながら演奏すること)
を嫌がる人いましたよね。
を嫌がる人いましたよね。
◯ だろうね。YMOくらいだよね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 山田さんは初めからヘッドフォンに抵抗はなかったんですか?
◯ うん。そこはとてもフレキシブルでワタルちゃん…
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ?
◯ ワタルちゃん、いい奴だし(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(笑)
◯ 怖いといえば、マイクスタンドが飛んできたこともあったな。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ああ、それも聞きたかったんです!たしか名古屋公演でしたっけ?
◯ ウツがマイクスタンド振り回したらすっぽ抜けて、俺のキーボードに当たったらしいよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 小泉さん自身は大丈夫だったんですか?
◯ ああ、俺には当たらなかった。
キーボードも問題なかったから、ライブの最中には気付かなかったんじゃないかな?
あとから、見てたファンの人に聞いて初めて知ったくらいで…。
キーボードも問題なかったから、ライブの最中には気付かなかったんじゃないかな?
あとから、見てたファンの人に聞いて初めて知ったくらいで…。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ そうだったんですか(注)
◯ まあ、ライブなんて何事もありうるからさ。
もうあのときは俺、データーとか音色の呼び出しだとかで余裕無いから…
もうあのときは俺、データーとか音色の呼び出しだとかで余裕無いから…
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 当時よくおっしゃってた『27秒の壁』ですね(こちらのエントリー参照)
(注)と、おっしゃっていますが、このエントリー執筆のため資料をあさっていると
こんな記事が。小泉氏はしっかりと命の危機を察知していらっしゃいました。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ しかし、余裕無いとおっしゃりながら、演奏もされてましたよね?
◯ そうね(笑)ていうかバカだよな、俺!(大笑い)
『同期やってんるんだから勘弁してくれ』って言えばそれで済む話なのに、
「1974」もハモってたし俺、♪~チャラッチャーって。
「1974」もハモってたし俺、♪~チャラッチャーって。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ え、あのイントロのフレーズを?「1974」って打ち込み的にも山場じゃないですか!
◯ おまけにあのツアーではコーラスも歌ってたはず。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ はい、それは映像に残ってますよ。
◯ おかしいよね。これだけコンピューターで一番大事なところで、データー飛んだら
おしまいのところで、コーラスやって、キーボードも弾くってバカだよね(笑)
なのに『やれる?』って聞かれたら『やれる!』って答えてたんだよね。
おしまいのところで、コーラスやって、キーボードも弾くってバカだよね(笑)
なのに『やれる?』って聞かれたら『やれる!』って答えてたんだよね。
他にも音色呼び出すだけじゃなくって、哲っちゃんが弾いてるシンセの音に
リングモジュレーターかけてギュワーンって歪ませたり。
リングモジュレーターかけてギュワーンって歪ませたり。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ このときは組曲もやりましたよね。組曲「Vampire Hunter D」
◯ やったね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ あれは打ち込み無しで、小室さん・小泉さん・白田朗さんの3人による
シンセ・オーケストラ(生演奏)ですよね?
シンセ・オーケストラ(生演奏)ですよね?
◯ あ、あれはそうだと思う。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 白田さんは純粋にライブのサポートとして、いらっしゃったんですか?
◯ あ、トンジ(注)はそう。哲っちゃんが元々付き合いあったみたいね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ フレッシュサウンズコンテストでも小泉さんと一緒にサポートされてましたよね。
◯ あの時は同期使ってないからね。手(人手)が無いとどうしようもないし。
トンジはとにかく凄いのよ!
だからツアーでも彼がシーケンサー代わりのフレーズを弾いてるの。
だからツアーでも彼がシーケンサー代わりのフレーズを弾いてるの。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ なんちゃってシーケンサーですね。
◯ そうそう、シーケンサーモドキのフレーズを
手弾きでやってくれるってことで来てもらった。
手弾きでやってくれるってことで来てもらった。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ では白田さんはコンピューターなどテクニカルなことは関与せず、
純粋なキーボーディストとして参加されていたんですね。
純粋なキーボーディストとして参加されていたんですね。
◯ うん。
(注)白田朗氏の愛称。当時のファンからもそう呼ばれていました。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ちなみにこのツアーでのセットリストで、
小泉さんとして一服つけるというのはどの辺りだったんでしょう?
小泉さんとして一服つけるというのはどの辺りだったんでしょう?
◯ やっぱりその「Vampire Hunter D」じゃない?
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ でも演奏はされてるんですよね(笑)
◯ うん(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ツアーが始まって以降も、色々変更はありましたか?
◯ あったよ。哲っちゃんの(ショルダーキーボードによる)ソロのギターみたいな音って、
ツアー後半ではチューブ(真空管アンプ)にしたはず。
ツアー後半ではチューブ(真空管アンプ)にしたはず。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ そこらへんのエフェクターも含め、全部小泉さん側でコントロールされてたんですか?
◯ うん。哲っちゃん側でへたに音色を変えちゃうと、MIDIの流れが混乱しかねないからね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ では、小泉ブースで一括して管理すると。
この重箱Blogでも以前書かせていただいたんですが、
それはすべて小室さんの背中を見て、それだけの判断だったんですよね?
この重箱Blogでも以前書かせていただいたんですが、
それはすべて小室さんの背中を見て、それだけの判断だったんですよね?
◯ うん。仲良かったというより、もう兄弟みたいなもんだったからね。後ろから見てて
なにしたいか、例えば『あ、ここでもっと歪んだ音でソロっぽく弾きたいんだな』
とか分ったし、そしたらこちらでパッと切り替えて…それで何の問題もなかったよ。
なにしたいか、例えば『あ、ここでもっと歪んだ音でソロっぽく弾きたいんだな』
とか分ったし、そしたらこちらでパッと切り替えて…それで何の問題もなかったよ。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ へー!ちなみに例の "27秒" というのは本番の電圧や振動で変動しなかったんですか?
◯ あ、それは大丈夫だった。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ このツアーでは短い期間の中で、曲順変更を2回程してますよね。
◯ したね。やっぱり実際やってみると、ここはこうしてもらわないと困るっていうのが、
俺なりにあって。ここはもう少しウツがMCで引っぱってくれないと
(次曲のデーターとサンプラーの音色ロードが)間に合わないとかね。
俺なりにあって。ここはもう少しウツがMCで引っぱってくれないと
(次曲のデーターとサンプラーの音色ロードが)間に合わないとかね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ じゃあ舞台監督ではなく、小泉さんの要求だったんですか?
◯ あ、もちろん舞台監督側から演出的な意味もあったろうけど、俺側からも
『ごめん、あそこ(曲順)入れ替えてくれないと無理!』みたいな要望は出したよ。
今の段取りだとギリギリすぎて冷や汗かいたりとかあって『問題ありっ!』みたいな(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ このときは途中で前後の曲に関係なく、木根さんの短いアコギ・ソロが入るんですが、
それも場繫ぎですよね?
それも場繫ぎですよね?
◯ そうだろうね。もうこのときは音色切り替えだけじゃなくって、哲っちゃんが
ショルダーキーボードに持ちかえる時間とかまで、全部秒単位で計算してやってたしね。
ショルダーキーボードに持ちかえる時間とかまで、全部秒単位で計算してやってたしね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ こういうことを同業者の方がみて何か言われませんでしたか?
◯ なにをやっているかが分る人にはね。
その後も突然、他の現場に呼ばれて『小泉君がいればなんとかなると思ったから』なんて
言われたことも何度かあったし。とにかくあの頃の俺は神がかってたよ(笑)
言われたことも何度かあったし。とにかくあの頃の俺は神がかってたよ(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 単なる技術屋としてではなく、ということですね。
◯ 包括して、ってことだろうね。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 最後にお聞きしますが、もし今、同じ事やれっていわれたらどうします?
当時の機材で当時のサウンドを再現!みたいな。
当時の機材で当時のサウンドを再現!みたいな。
◯ ヤだよっ!!!
まかり間違ってそんなことになったら、どんなに金積まれても逃げるよ俺は(大笑い)
まかり間違ってそんなことになったら、どんなに金積まれても逃げるよ俺は(大笑い)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(大笑い)
いやだって、あれはおかしいって…。胃は痛くなるしハゲるしさあ…。
俺も若かった。もう二度とやりたくない。勘弁してください(笑)
俺も若かった。もう二度とやりたくない。勘弁してください(笑)
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 今度ハゲたら、おしまいですもんねえ…。
◯ ほんと、そうだよ(しみじみ)